常に自分自身と向き合い、物事の本質と根源に立ち向かい、アイデンティティをさらけ出す。
そんな活動をしている、「富士魂」をもった、アーティスト、クリエイター達の声を聞く。
   
演技やパフォーマンスだけにとどまらず、その言動、ライフスタイルまでもが一つの個を形成している。
そんな分類不可能な男、「窪塚洋介」に富士登頂をきっかけにして内なる宇宙を語っていただきました。
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■2011年3月11日・日本の大地を揺るがす大震災が起きたわけですが、窪塚君は撮影でパリにいたということで、その時の心境を教えて下さい。

柿本ケンサク監督の「UGLY」という短編映画の撮影で行ってたんですよ。地震があったのが着いた日の翌日!Twitterやってたらみんな「揺れてる〜」とか言ってて。最初はおっ地震か〜ぐらいの気分でいたら「うわっ超ーーー揺れてる!」とかなって、もうあれよあれよという間にTwitterも炎上してきて、これはヤバいじゃんと思って嫁に電話したら案の定繋がらない。で、Twitterで後輩に連絡をとったら後輩が家を見に行ってくれて「元気でした無事でした」って教えてくれた。ネット時代っすね〜。  最初は、「パリにいて良かった」って思った。家族も平気だったし、身内も平気だったし、仲間も全員無事だったからね。オレ良かった〜、パリにいれてこんなパニック状態の日本にいなくて〜、って思ったけど、その後のPRAY FOR JAPANのメッセージとか現状をネットや街角で見て、1週間ぐらい毎朝泣いて。それから現場行くっていう日々のなかで、外にいた分余計、「日本」って言うのは改めて意識させられた。テレビ付ければ津波のスゲェー映像流れてて、余計になんか悔しいってなってきて、オレも日本で皆と一緒に同じ空気吸いたかったって思いました。

■今年、富士登頂を達成したということで、その魅力や登山の極意などあったら教えて下さい。

今回で2回目の登山だったんですけど、1回目に富士山登ったときは膝がぶっ壊れたりして大変で、友達8人で登って頂上に登れたのは、俺含め4人だけだったんですよね。その時の経験と教訓を活かして登ったんですけど、今回は登る前に針灸師の友達に極意を教えてもってて。手の指って親指を折った状態と小指を折った状態では体全体の使う筋肉の種類が変わるらしく、普段は対外、親指に力が入っていて、親指に力が入りすぎると体の外側の筋肉を使うモードになるらしいんですよ。体を大きく見せようとしたりって感じで、例えば見栄えとか虚勢といったような、体を正面から押されるのには強いけど、横や後ろから押されるのに弱い。逆に小指に力が入っているとインナーマッスルに切り替わる。内側。体を横から後ろから押されても全然動かないんですよ!抜本的に呼吸も深くなるし、リラックスできるし、なんか丹田に収まる感じっていうか、心にも影響があるんですよ。このことを聞いてまさに自然体みたいだって思って、今回やってみたら前回登ったときに比べて2時間ぐらい早くて、上の方はそれでもキツかったけど全然休憩もいれないで登れたし、そうなりたいって言う自分の願望の1番の早道は実は「小指を曲げる」だったんですよね(笑)。

一緒に登った友達が登山に結構詳しいやつで、一歩一歩靴幅で歩いていくこととか、登山は呼吸と歩き方がポイント!ということを聞いて登ったので、一歩一歩、味わってました。大変な時もあったけど、最後は気合いだったから、足もぶっ壊れてて「これが最後の一歩だ」って言ってなんとか登ってく! 自分との対話もそうだし、山ありがたい、星空ありがたいとか、月ありがたいとか、なってきた頃に7合目からかな。。8合目からかな。。そのぐらいには もう渋滞してたんだけど、奇麗で。このご時世じゃないですか! 今のこの時になんか皆のヘッドライトがゆらゆらゆらゆら山の上の頂に向かって揺らいで繋がってるのが、もうなんか巡礼だなっと思って魂みたいに見えて光が、一個一個の魂が巡礼していく?みたいな?なにか解らないけど、何かを求めてるわけじゃないですか?達成感なのか?願掛けてるやつもいるだろうし、色んな思いで登っているんだろうけど、それがどんな理由であれ、なんか凄い美しい姿だなって思って!グッときて◎。こんだけの人が、この時代に何かを求めて光を揺らめかせながら登ってるっと思ったら、なんかホーリーだなって思いましたね。
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■2011年12月公開予定の『源氏物語』で安倍晴明役を演じたということですね。演じるということの中で富士魂とはどんなものだと思いますか?

それこそ稀代の陰陽師だから中途半端ではできないと思ったので、調べた後は、京都近郊の神社を回りまくった。清明神社や大将軍八神社も正式参拝して、そうやって時間と実感をかけたら、あちらもなにかしらサポートしてくれるんじゃないかと思って取り組みました。去年の中でもすごく楽しめた時間です。俺にとって演じるっていうのは、演じるっていうことと生きるっていうことの間ぐらいなんですよ。ちょとイタコ感覚っていうか、演じる技っていうよりは(芝)居る。入れ替えてる感じですね。撮影がはじまってから衣装を着たりするとさらにサポートされますね。ある意味見た目はそういうパワーをふんだんに借りられるんだと思います。

■レゲエミュージシャンとしても活躍していますが、ラガマフィンとして何を伝えていきたいですか?

3.11以降からピンチャンっていう言霊を使っていて、ピンチはチャンスだから今はすごいチャンスがあるって言ってて、政府やメディアから周りの人間まで前よりはっきりらしさが見えるようになってきた。エネルギーにしても原発を使わない方がいい!ってハッキリと言えるし、ものすごくクリアーに覚醒できた部分があるじゃないですか!お上は俺らのことなんか微塵も考えてない、むしろ敵ぐらいの存在だとか。官僚もメディアも癒着まみれとか、隣の国に支配されているとか。 ラガマフィンにしても、レベルミュージックにしても、侍にしても、富士魂にしてもホントにそいつがどうやって生きているのか?ですよね?この今の日本でどういうスタイルで生きるか。Deejayにしてももちろん言霊リリックもそうだけど、My life is My messageなんだろうなぁと思いますね結局。関係ないけど、ミスチルの桜井さんが歌ってた歌詞で、どこかでスゲー等身大っていうか、悩んでたり、自分が中学校ぐらいの頃から同じような歌うたってて、同じようなこと悩んでて、用はなにか禅問答じゃないけど〜そういうことを歌ってるんじゃないですか? そん中で色々影響受けてきたんですけど、スゲーいいこと言うなと思ったのが、『みんなひとつになろうと思わなくていいよ!元々ひとつだから』オレらどこか盲目的にONE LOVEだったり、ONEだったり、1つになろうとするけど、もともとひとつだったものが 分かれていってるんだからある意味逆流してるということになる、『もともとひとつだったっていうことを思い出すだけでいい』って言っていて、間違いないと思いましたね。



■富士登山を終えてどんな変化があったか、再確認はあったか..などの実感したことの中から若い世代に向けてメッセージをお願いします。

富士登山を終えて改めて感じたことは、神社とちょっと似てるかな?参拝のような。登山って自分自身の道と一緒で最初の一歩が永遠に続いていくだけじゃないですか。だから一歩一歩富士登山のように自分と向き合って自分のスタイルの中で、やっぱり適材適所じゃないけど、自分のフルパワ−出してやれること、震災関連の話で言えば、炊き出し行ったり救援物資持って行ったけど自分が自分らしく、全開でこの復興をサポートできるのは自分が好きなことだと思ったんです、自分の仕事だったりとか趣味だったりで勝手に一丸になってて、それぞれが得意なところでやっていければ宇宙のほうがシンクロしてくれてサポートしてくれる、絶対的な宇宙の流れに乗らなきゃいけないんじゃなくて自分の流れに乗ればそれにサポートしてもらえるっていうことだと思うんですよ、こんだけエグイ状況に追い詰められてって地震、津波だけじゃくて放射能だ、デフォルトで経済破綻来るとか、貿易止まるとか富士山が噴火するとか色々いってるけど、まんざらじゃない、どんどんエグくなっていったときにやっぱり愛な気持ちで、愛を持って自分の道を進んで行けるかどうかは、まさに富士魂ですよ!

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